佐平次バル

商人の賣買するは天下の相ナリヨ

三村・アトキンソン論争は90年代の今井・宮内論争の再演となるか

 内閣官房主催の成長戦略会議において、中小企業に対する一連の提言を行っており、GS出身で小西美術工藝社社長のアトキンソンデービッド委員(リーチマイケル風)に対して、同じく委員で日鉄名誉会長、日商会頭の三村明夫氏が異論を呈しているようですね。

 

www.asahi.com

 

この記事は、労働法制に関する90年代の今井宮内論争を想起させます。因みに、今井氏も日鉄の経営者でした。

 

https://www.komazawa-.ac.jp/~kobamasa/lecture/japaneco/management/Maihama_conf_Nikkeiren_rep.pdf

 

 上記リンクにある第三グループへの派遣適用による雇用の流動化により、労働分配が低下したのは40代以下の会社人であれば肌身に感じるところ。

 

 なお、成長戦略会議に関しては議事要旨もあがっており、11月19日の議事要旨を斜め読みした限り、焦点は中小企業とそれに付随する労働分配と下請けの問題、小規模企業が支える地方経済の問題となっている模様。

 

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/seicho/seichosenryakukaigi/dai4/gijiyousi.pdf

 

また、各委員や大臣の立ち位置は以下の通りとお見受けしました。

  

■積極派

アトキンソンデービッド氏

西村康稔大臣

竹中平蔵

南場智子氏(ディー・エヌ・エー会長)

金丸恭文氏(フューチャー会長兼社長)

 

■反対派
三村明夫氏(日鉄名誉会長・日商会頭)

 

■心情反対派
櫻田謙悟氏(SOMPOホールディングス社長)

麻生太郎大臣

 

■独自立ち位置
三浦瑠麗氏(女性労働力、シッター・ナニー導入等について発言)

 

■立ち位置不明
國部毅氏(SMFG会長)

梶山弘志大臣

赤羽一嘉大臣

加藤勝信大臣

 

 皆さんも関心のある方がいたら、リンクに行ってみて、「Ctrl+F」で名前を飛ばしながら読んでみてください。

 

 以下で興味深い発言を幾つか拾っておきます。なお、この抜き書きは当方の備忘も兼ねていて長々していますので、読み飛ばして頂いて問題ないです。当方見解は下の方にこっそり書いておきます。

 

11/19 第4回成長戦略会議 議事要旨の抜き書き

 

アトキンソン

アメリカの場合、500人以上を大企業と定義されているが、労働者の53%が500人以上の企業で働いている。一方、日本では、加重平均の中小企業の定義が169名なのだが、169名以下の企業に働いている日本の労働力が70%強とされている。恐らくアメリカと同じ基準でやれば80%。よって、同じように中小企業の生産性が低迷していても、その47%の影響を受けるアメリカと7割を受ける日本なので、日本の方が大きな影響が出る。なぜ生産性が低迷しているかというと、簡単に言えば、日本経済全体におけるイノベーションの普及率が非常に低いからであり、この問題は幅広く認識されていると思う。

その次のポイントだが、次のページで日本の生産性が低い原因は、大企業に対する中小企業の生産性比率が低いことにある。これがOECDの分析であってもIMFの分析で実際に分析されている。御覧のように、EU28か国の大企業の生産性に対する中小企業の生産性が66.4%、EU10か国、要するにデンマーク、イギリス、フランス、ドイツ等々の上のほうの先進国の分は、何と78.1%になっています。アメリカの平均は62%。日本はそれに比べて50.8%しかない。EU28か国の中で日本の現在のこの50.8%の比率を並べていくと、25位に相当する。日本より低いところは、ギリシャポーランドスロバキアのみで、イギリス、フランス等々は大体70~80%になる。生産性の問題の本質がここにある。

そうすると、次のページにあるように、日本の大企業の生産性と中堅企業、小規模事業者の生産性を比べてみると、大企業はEUとほとんど変わらない。中堅企業と小規模事業者の生産性に大きく違いが出ている。これを分析すると何が違うかというと、EUの中堅企業の平均規模104.4名、それに対して日本は41.1名しかない。

日本の大企業に対する中小企業の生産性は、EU28と同じ66.4%まで上げた場合、546万円から791万円に、何と1.45倍に上がり、90年の世界9位に負けない10位にまで復活する。いかに中小企業政策が大事なものかということが分かると思う。

今回の会議でいうイノベーション、ロボット、IT、女性活躍、輸出促進、それらは生産性を上げる手段である。私として一番重要なのは、そういう国策を産業部門のほうでは、それを実現するための十分な大きさの企業規模があるかないかということである。今まではこの視点が抜けていたが、一番重要な議論でもある。私としては、そういう意味で今一番求められているのは、そういう国策を実現する、生産性を上げるために十分な企業規模まで、各社にその成長を促進する政策に切り替えていって実行するべきものだと思う。

マスコミにいろいろ言われているが、これは明確にしておきたい。私としては、これを企業の淘汰という形で実現できるものだと思わない。そもそも私は中小企業庁を企業育成庁に改名するべきであって、各企業に成長することが一番求められているという考え方である。そういうことを実現することによって、企業の数は減るかもしれないが、それは淘汰ではない。それだけは明確にしておきたい。」

 

三村氏

日本の生産性を上げなければいけないということ、それから、中小企業の生産性が低く、これを引き上げなければいけないということには大賛成。何の異論もない。ただし、大企業は大丈夫だが、中小企業が問題だというのは、そういうことはないと思う。日本の製造業の生産性はOECD諸国内で、2000年頃は1位だったのだが、今は14位である。製造業の生産性が14位の状況でありながら、日本の大企業平均の生産性が国際的に高いということはあり得ないわけで、むしろ今後の我々の認識にも必要なので、アトキンソンさんがこういうデータを出されているが、きちんと事務局で精査したデータをぜひとも提供いただきたい。(中略)アトキンソンさんの資料で説明されなかったが、最低賃金を上げたら、これがいいことばかりあって、生産性も上がるという議論になっているので、これはちょっとおかしいのではないだろうかと思っている。なぜならば、今の中小企業の問題の一つは、いわゆる労働分配率の高さで、特に小規模企業は80%以上ある。付加価値の大部分が労務費に取られているわけで、そこで生産性が上がらぬまま賃金を上げた場合に経営者はどうするかといったら、我々がアンケート調査で聞いたところの答えは、キャッシュマネジメント上、一時的には設備投資を削減するというわけである。設備投資を削減すれば、生産性の引上げにはむしろ逆効果になる。

その先に何が起こるかといったら、結局は倒産もしくは廃業が起こるということであり、アトキンソンさんは淘汰を主張していないというようにおっしゃっているので、これは非常にありがたいことなのだが、実質的な支払い能力を超えて、特に強制力のある最低賃金を上げた場合には、倒産・廃業につながる最低賃金の意味合いはセーフティーネットを確保するところにあって、だからこそ、強制力がある。我々は強制力のある政府の手段を、生産性を上げる等の手段に使うべきではないと考える。企業の自主性を重んじ、マーケットの需給に任せて、企業の競争力を試すべきだと、このように思っている。」

 

アトキンソン

「まず三村さんの資料のところに幾つか指摘がある。この2ページにある小規模企業の減少は都市への雇用流出につながり、地方の衰退を加速させていると断言されているが、私は因果関係はもう少し複雑なもので、これを検証する必要があるのではないかと感じる。例えばこれは一極集中の話に関連してくるので、この議論をそのままで考えていった場合には、要するに小規模事業者の減少によって一極集中が進むという捉え方ができないことはないのだが、そうすると、小規模事業者が増加している時代に一極集中が進まなかったのかというのは、その事実もないということなので、これは誤解を招くような話ではないかと思う。同時に、世界も一極集中しており、同じような動きがあるので、世界で小規模事業者が減っていってこういうことが起きているという分析を見たことはない。

もう一つの私の考え方でいくと、地方において、地方の小規模事業者を中堅企業か大企業に伸びてもらうことができず、それによって非常に生産性の低い業者がそのままで十分な給料を出すことができず、労働環境が割と過酷であったからこそ、人口が東京に動いてきたのではないかという逆の仮説も十分あり得ると思う。実際にはそういう分析のほうが学会のほうでは多々あるのではないかと思うので、私は逆に先ほど申し上げたように企業を成長させることによって一極集中を是正することができるのではないかと思っており、小規模事業者の減少は地方の衰退につながっているとはあまり思っていない。

最後に、3ページ目のところだが、二番目のところ、中小企業の実質労働生産性の伸び率、価格転嫁力指標の伸び率はマイナスだと。これはそのとおり。ただ、例として出されているのは製造業であり、これは日本企業の全体の1割程度である。同時に、中小企業白書によると、下請企業は日本企業全体に占める比率がたった5%になっているわけなので、そのように考えると、確かに製造業に関しては三村さんがおっしゃるとおりなのだが、私が注目しているのは、この5%ではなくて95%の企業の生産性をどうするのかというところ。

特に日本の生産性の中で、業種として非常に大きく、なおかつ最下位の生産性のところの飲食、宿泊、小売業、この3つの業界に関しては、下請の比率は宿泊施設の場合は0.1%、生活関連のところは0.8%、小売業の場合ですと1%しかない。したがって、因果関係としては、これは製造業に関してはそのとおりなのだが、全体の生産性の問題からすると5%の説明にすぎない。

もう一つあったのは、中小企業のところなのだが、これは海外の論文で中国でも欧州でもアメリカでも統計上の分析がかなり細かく精査されて進められているが、中小企業の生産性が上がることによって大企業がその刺激を受けてどんどん上がっていく、この因果関係は非常に強く出ているということも確認されている。ぜひとも日本国内の分析のみならず、諸外国においてビッグデータの発展に基づいて大変な数の統計分析がなされているので、その分析をもっと注目して国内の議論に入れるべきではないかと思う。

企業の支払い能力の話もまさにこのとおりなのだが、要するに、今、企業の支払い能力がないから賃上げはできない、分配率がすでに高いので、賃上げができないということはそうだと思う。ただ、生産性、要するに支払い能力が固定でもないし、変えられないわけではない。問題は、なぜ今までは支払い能力を高めてこなかったのか、この問題を検証する必要がある。今までは労働生産性を上げるためのハウツーの手段は幾らでも分かってあったにもかかわらず、実際には実行されていない。なぜ生産性向上手段の普及率が上がっていかないのかというのは一番大事なのである。現状維持ということはあり得ない日本の中でどうやってイノベーションを普及させるかということを議論することは最も大事な観点だと思う。それを次のときに回していただければと思う。」

 

櫻田氏

大企業、中小企業の議論は何か抽象的な話で、自分は現実に経営していると、同じ産業の中で同じ大企業でも企業によってこんなに生産性が違う。中小企業も同じだと思う。

それを十把一からげにして中小と大に分けて、大のほうが悪い、中小のほうが悪いのだという話をしても、多分先ほど三村さんが言ったようなソリューションは見つからないと思う。私はマクロからは出てこないと思っている。これは実際の経営の経験なのだ、よく現場を見てミクロを見ていかないと、どうしてこの企業やこの部署は生産性が高いのかというのを見ていかないと、全部まとめてビッグデータを解析して平均を出しても出てこない。これは確信している。なので、もう中小企業論とか大企業論は違う議論、バーサス議論はやめるべきで、ある意味、アトキンソンさんに賛成である。日本の中小企業と、中国、ドイツとはどう違うのだと。

もう一つ言わなければいけないのは、生産性が高いことイコール価値なのかという点については全然議論していない。成長という定義をGDPの伸び率にしたらそうなってしまうのだが、町の商店街、田舎の商店街がどんどん消えていくことはいいことなのかという議論はもしかしたらあるはずである。

それから、私たちは、代々続いてきたおそば屋さんだが、これからもそれでいい、毎年10%伸びなくていいというのはいけない企業なのかという議論をしなければいけないはずなのだが、この点について全く議論がないまま、ただ、指数だけで生産性が伸びていればいいという議論は、実は同友会でかなりクエスチョンマークだと言っている。そういう国をつくりたいのかというところと大いに関係してくるので、マクロで統計でというやり方だけだと危ないと思う。したがって、ぜひ申し上げたいのはもう一つ。GDPの75%はサービス産業である。したがって、ものづくりの中小企業やものづくりの大企業だけ話してもほとんど解決しないので、サービス産業の大、中、小の中で伸びているところ、生産性の高いところはどこなのかを見て、そこがどういうソリューションを出しているかを見ていかないと、やはりこれは統計を見ていても答えが出てこないと思う。」

 

三村氏
「ドイツの中小企業の特徴は、大企業に依存しない独立部品メーカーが多く、多くの企業にサプライしているので非常に交渉力が強い。それから、中小企業に研究機関があまりないのだが、IT人材等々についても、フラウンホーファーが中小企業にサプライしてくれる。日本の場合はIT人材が大企業、特にベンダー企業に囲い込まれていて、なかなか活用できないのだが、そういう形でドイツの場合はうまくいっている。我々は大企業に、ぜひともサプライチェーン対策の一環として中小企業をリードしてくれと言っている。それから、『統計を自分に与えたらどんな姿でもつくり上げることができる』と言った著名人がいたと思うが、統計の扱いはセンシティブだ。しかし、ここで御質問のあった小規模企業の減少は都市への雇用流出につながるというのは事実を申し上げている。これは2012年から2016年にあった小規模企業者が合わせて140万人減っているのだけれども、それがどこに就職したかということを事実として申し上げているわけで、これは何か操作したわけではない。今後、中小企業が廃業した場合には同様のことが起こり得る。なぜならば、地方には就職機会がない。だから、地方で廃業した場合には当然都会に行くだろう。したがって、地方がさらに疲弊するだろうと申し上げている。それからもう一つ、先ほど製造業についてのみ取引価格の中小企業へのしわ寄せが起こっているので他のところではないだろうと言ったけれども、このビッグデータについて実は非製造業も取ろうとしたのだが、データがなくて取れない。それで、恐らく製造業を一つのひな形として分析して、ほかの分野でも同じようなことが起こっているであろうと想定していて、決して5%にとどまっているという話ではないと思う。同じようなことがいろいろな業界でも起こっていると考える。」

 

アトキンソン

「今の小規模事業者、特に若い人材の場合、求人倍率を見れば今の話は違うと思う。やり都心の雇用が増えた、地方が減ったという単純な事実として示されているデータを見るだけで、なぜそうなったのかという因果関係を検証しないと、これだけのデータでは地方の衰退につながると判断ができないということを申し上げておきたい。

今、三村さんの話にあったように、受託をしている5%の企業ということは別の話だと思うが、下請関係にないにもかかわらず、価格転嫁ができていないという、おっしゃっていることの重要なポイントがある。2020年のすばらしい中小企業白書を皆さんにぜひお読みになっていただきたいが、この中で価格競争に巻き込まれていると感じている企業の割合、2014年は、日本は80%、イギリスは33%、アメリカ36%。要するに価格競争があまりにも厳し過ぎるということは事実として、生産性を上げようと思えばこの問題に全面的に取り組むべきものと思う。

ここで重要なのは、理屈上では価格競争に巻き込まれているというのは3つの要素しか考えられない。一つは、需要が足りない。もう一つは、供給が多過ぎる。私としては、企業の数が多い、要するにプレーヤーの数が多過ぎる場合に起こると思う。もう一つ、経営が下手ということが考えられる。この3つの中なのだが、果たしてどちらなのかということは検証した上で、この価格競争の問題に取り組む価値は非常に高いと思う。話を自分の議論に戻したい。あとは強調しておきたいところなのだが、国としてはイノベーション、ロボット、いろいろなことを進めようとするときに、今の産業構造は十分な割合の企業がそれを実現するための十分な大きさにあるのかないのかということを問うべきだということを強調しておきたい。今までなぜイノベーションができなかったのかというのは、規模が十分なものではないので進まなかったといいうのが私の仮説である。」

 

アトキンソン

「資料で説明していなかったのだが、今日はその話題だけで1つ会議ができるかと思うが、最低賃金イノベーションをどう起こすかということが一番大事で、普通の国であれば経営者は、人口が増えているので刺激をされて何とかしなければいけない、金利が上がっているから支払うためにはいろいろなイノベーションをやらなければいけない。またはインフレになっているから、それでいろいろやらなければいけない。普通は刺激がある。日本は人口減少でインフレがなくて金利負担がほとんどゼロ。経営者としては何の刺激もない世の中で、毎日が何も変わらないままでやっていくのは一番快適な環境になる。」

 

三村氏

一番最後に最低賃金のことを急に言われたのだが、最低賃金というのは劇薬だと思う。最低賃金を上げれば一切の問題が解決するように言われるが、一方で最低賃金にはいろいろなマイナスもある。このため、我々はこんなに一所懸命、生産性をどう上げたらいいのかということを悩んでいるわけだが、最低賃金を上げたら魔法のように解決するなど絶対にないと思う。プラスマイナスをよく考えた上でトータルとして判断していただきたい。」

 

竹中氏

「要するにいろいろな現象があるときに、原因と結果をどう見るかという相関は分かるのだけれども、因果をどう判断するかというのはお二人の間でいろいろ議論が分かれているということだと思う。その意味では、実は最低賃金に関しては大体の分析は私、アトキンソンさんに賛成なのだが、最低賃金に関してはちょっと気をつけたほうがよく、これは社会政策のための政策手段を経済政策のために使うのか。それだったら、例えばもっと極端な言い方をすると、生産性の低い企業に罰則的に重い税金をかけるというのと実は似てくるので、ここはやはり一応相関関係があるのはよく分かるのだが、因果関係を考える場合はちょっと注意しなければいけないと思う。

最後に一点だけ。これは前回、環境のときに私、申し忘れたのだが、西村大臣のところでぜひグリーンGDPというのを推計して公表していただけないか。これはGDPから環境によって汚染されたものを引くとかいろいろなものを足したり引いたりして、経済企画庁では例の三木内閣以来、物すごくいろいろな蓄積があるはずで、そういうのをやると中国の成長率は見かけより低いとか、日本の成長率は実は見かけより高いとか、少し面白い発見もあるのではないか。ちょっと技術的な問題だが、御検討いただきたい。」

 

抜き書きはこんなところ。ようやく私のコメントとなります。

 

アジェンダセッティングに関して

 まず、議題として「中小企業をどうするか」にいきなり焦点が当てられていることに注意が必要です。大企業以外が中心の日商会頭である三村氏や、(恐らく)大企業以外も数多く加入する損害保険を取り扱っている櫻田氏からは、大企業と中小企業の関係に関する議論の必要性や、成長至上の考え方に関する問題提起がなされておりましたが、議論の大筋を変えるには至っていません。成長戦略会議という会議の性質上、この問題提起がout of scopeとは捉えられてもout of boxとして歓迎されるものではないということでしょう。

 コロナ禍への対策でさえもそうですが、現在の行政府では、賛否が分かれる政策について「有識者会議でご意見賜り→閣法として立法→国会で成立」の手順を踏むのが一般化している以上、この政治過程自体を批判することは有意義ではありません。成長戦略会議の議論がおかしいと考えるのであれば、勿論そのコップの中にいて成長戦略に対して懐疑的な立ち位置を採る委員に対する好意的な意見をSNS上で表明することも行う一方で、保守的な立場からオルタナティヴな観点で議論し、立法成立に持ち込むという形で、同じ政治過程の領域での闘争をするか、他の手段で世論に訴えるか、についても検討することが必要でしょう。

 表題の「三村・アトキンソン論争は90年代の今井・宮内論争の再演となるか」に一応結論めいたものを早々に出しておくとしたら、上記にような取組みで、成長戦略会議自体が出したいと思っている結論を出せず先送りとなるのが松、立法過程に乗ったが世論喚起により差し戻しが竹、コロナに目を奪われ速攻で成立まで漕ぎ着けが梅、ということになるでしょう。松の結論が得られるならば、未だ今井・宮内論争の二の舞にはならなかったと、先ずは安堵すべきなのかもしれません。

 

アトキンソン氏は「統計読みの現場知らず」か

 三村氏の発言で、ある有名人の言葉であるとことわりを入れつつ「統計を自分に与えたらどんな姿でもつくり上げることができる」との指摘がありますが、これは当然のことながら、記述統計の数値を多用して自説を補強するアトキンソン氏への批判です。

 論語読みの論語知らずという格言がありますが、統計を駆使する連中を揶揄したり、揚げ足をとったりする際に、「あいつは数字は分かるが現場を知らない」という言葉遣いをすることがあります。話が急に矮小化しますが、反緊縮派の立場でマクロ経済等に関する公開統計をグラフで可視化することがかなり一般化していますが、一部論者の扱うグラフには確かにこの傾向があります。マクロ経済という、確からしさを肌感覚で掴めない領域に関しては、特に配慮が必要だと言えます。

 

note.com

 

 話を戻しますが、それではアトキンソン氏は統計読みの現場知らずかというと、そうではありません。むしろ、三村氏が察知している通り、アトキンソン氏は統計家というよりはアクティビストと言えると思います。アトキンソン氏の主張研究はまだ間に合っていないのですが、オックスフォード大の日本学専攻を出、GS期には「銀行」という著書を著して不良債権処理の手法として証券化を提言し、実態を直視せず心地良い自国賞賛論に浸る本邦国民の心性を「われぼめ症候群」と呼ぶなど、氏は我々以上に我々のことを良く知っており、心情的にもかなりの程度日本に惚れ込んでいる部分もあるからこそ、一筋縄には対処出来ない相手だと思って臨んだ方が良いでしょう。因みに、アトキンソン氏はこの3月に自伝を出されるなど、ご自身も「われぼめ」の傾向が御強いようです。

 

デービッド・アトキンソン自伝(仮) | 株式会社 飛鳥新社

 

 上でアトキンソン氏は統計家というよりアクティビストであると評しましたが、第4回成長戦略会議の議事要旨でもその点が表れています。再度抜き書きして指摘します。

 

アメリカの場合、500人以上を大企業と定義されているが、労働者の53%が500人以上の企業で働いている。一方、日本では、加重平均の中小企業の定義が169名なのだが、169名以下の企業に働いている日本の労働力が70%強とされている。恐らくアメリカと同じ基準でやれば80%。

 

EU28か国の大企業の生産性に対する中小企業の生産性が66.4%、EU10か国、要するにデンマーク、イギリス、フランス、ドイツ等々の上のほうの先進国の分は、何と78.1%になっています。アメリカの平均は62%。日本はそれに比べて50.8%しかない。EU28か国の中で日本の現在のこの50.8%の比率を並べていくと、25位に相当する。

 

 まず、一つ目の引用から中小企業という言葉が指す対象の曖昧さが明らかになります。例えば、日本では「加重平均して169名が中小企業の定義」とあります。この、加重平均の算式がまず不明ですが、中小企業の定義は恐らく以下の中小企業基本法を根拠としています。

 

www.chusho.meti.go.jp

 

 この定義を見ても分かる通り、本邦で定義する中小企業は業種毎に従業員数等に違いがあります。*1アトキンソン氏はその曖昧さはさておいて、二つ目の引用にある国際比較を行い日本の「中小企業」の生産性の低さに論を進めていることに注意が必要です。EUが66%、上位国だと78%、米国は62%、日本は50%、と数値を並べ立てていますが、比較対象としている「中小企業」の会社規模が異なる可能性が多分にあります。

 

 因みに、会社規模に関しては、一つ目の引用で米国の定義が500人以下、日本は(アトキンソン氏の算法によると)169人以下とあります。欧州と日本の中堅企業の従業員数の比較もあり、こちらも欧州の方が大きい数字になっています。森永のCMじゃあないですが、アトキンソン氏の言う通り、大きいことはいいことであり、大きい会社ほど生産性が高くなるのであれば、500人以下vs169人以下の比較を行ったら前者が生産性が高く見えるに決まっています。

 

www.youtube.com

 

 纏めますが、日本の中小企業の生産性は大企業の50%で、諸外国と比較して低すぎる、という氏の主張は、前提のことなる比較である可能性が高いです。この辺りの作法は、コンサルタントに求められるロジカルシンキングでは「Apple to Apple」と言って基本的な作法であり、世に名だたるGSのアナリストであった氏がこのことを知らないはずはありません。また、このように、自説の前提に沿うように現実を変えるような主張は、経済学では「ベッドに合わせて足を切る」などと言われます。林檎の比喩に準じて果物で喩えると、アトキンソン氏はおなじ柑橘類だからと、オレンジと、ネーブルと、金柑を比べて、どれが一番果汁が搾り取れるか、という比較をしている可能性があるのです。繰り返しになりますが、アトキンソン氏は統計を駆使して自説を通していく活動家である、と先ず捉えておきたいと思います。

 

他、残された論点

他にも幾つか論じたいことがありますが、現段階では箇条書きで済ませておきます。

 

  • 最低賃金に関する論点では、生活保守派、庶民派から見ると攻守が入れ替わり、アトキンソン氏は最低賃金上げに積極的、三村氏は最低賃金上げに懐疑的、となる。この点に関しては、珍しく竹中氏による「社会政策のための政策手段を経済政策のために使うのか」という指摘に説得力がある。竹中氏はベーシックインカム論者であり、このあたりの研究を相当程度進めていると思われる。
  • アトキンソン氏は、受けた批判の吟味と自説の修正をぬえのようにすばやく、ぬるりとやってのける。因みに、氏の「大きいことはいいことだ」論は現在修正段階にあると見られ、ある論点では、「私としては、これを企業の淘汰という形で実現できるものだと思わない。そもそも私は中小企業庁を企業育成庁に改名するべきであって、各企業に成長することが一番求められているという考え方である。そういうことを実現することによって、企業の数は減るかもしれないが、それは淘汰ではない。」と韜晦したり、別の論点では「価格競争に巻き込まれているというのは3つの要素しか考えられない。一つは、需要が足りない。もう一つは、供給が多過ぎる。私としては、企業の数が多い、要するにプレーヤーの数が多過ぎる場合に起こると思う。(中略)今までなぜイノベーションができなかったのかというのは、規模が十分なものではないので進まなかったといいうのが私の仮説である。」と正直に言ってみたりしている。この変遷も氏を論じる際に押さえておくべき特徴となる。
  • それでは、氏の「大きいことはいいことだ」論を掣肘する論は何だろうか。まず、素朴な現実として、企業主として生きるひとは、九鬼周造に言わせれば、「身一つで何とかしてやろうという諦観と意気地を持ちつつ、世間との繋がりのなかでは媚態を持って振舞う」存在であり、ケインズに言わせれば「動物的な精神を持った血の気の多いヤツ」ということになると思う。不景気はこういった気性を持つ連中を弱気にさせる。ただ、そこに上から「お前たち、纏まんなさい」と言われても、まだ多くの人たちが抵抗するであろうと、私は信じる。そうなったときに、第三の道はどのように示すことが出来るだろうか。一つにはテンニエスのゲノッセンシャフトや、組合論のような「一匹ずつが群れを成す」論が「Make Big」論を掣肘する可能性があるだろう。また、多くが個人事業主である会計事務所、税理士法人は情報処理をTKC(栃木県計算センターが前身)に委託することが多い。この事例も、組織体が大きく纏まらずとも生産性を上げることのできる証左となるだろう。
  • 補論として、個人事業主が収受する営業収入と、大資本が収受する営業収入の差については、資本論的な考察が必要になると推測される。アトキンソン氏は生産性が低い業種として、飲食・宿泊・小売を挙げているが、これらは何れもサプライチェーンの最下流に位置し、主に消費者を相手に商売をする業種である。勿論、生産性を向上する余地はあるのだろうが、彼らが収受している料金は、大企業が大企業から収受する料金と価格帯が異なるのである。アトキンソン氏が論陣を張る際に、「この会議の委員の中で中小企業のことを分かっているのは恐らく私一人」というマウンティングを取ったうえで、こういった指摘をしているのだが、氏が代表者を務める小西美術工藝社は文化財修復等を得意とする会社である。文化財修復の発注者は、寺社、行政府、自治体等であるし、彼らはレントを十分に蓄積しているだろう。氏は中小企業経営者かもしれないが、飲食・宿泊・小売等、消費者と直に接する企業の経営者ではない。
  • 他、基本的な論点として、生産性の定義についての確認も必要であろう。この辺りは、日本生産性本部の「物的生産性」と「付加価値生産性」を参照することで足りるだろう。 

  終わりに


 今回の議事要旨を読んでいて、ズッコケたのが麻生大臣の以下引用の発言だったことはこっそり書いておきます。麻生大臣、すっかり軽い神輿になってしまいました。

 

生産性を上げたら面白くない社会になる。デパートから売り子がいなくなった。アメリカのメイシーズを見ても従業員は どこにいるのですかといったら、こちらから売り子を探さなければならない。日本なんかはいい。黙ってたって人が来る。だから、サービスがいい。従業員を減らしたら生産 性は一挙に上がる。だけれども、サービスは悪くなる。つまらないものになる。生産性だけでやったら、銀行なんかはATMだけあれば別にあとは要らないということになる。だから、生産性を上げるというのは確かに大事なところだが、そこのところも併せて考えておかないと政治としては成り立たない。

  

  この発言を採録する内閣官房の悪趣味もさることながら、この発言時に恐らく西村大臣やら加藤大臣はにやにや、乃至は苦笑しているのでしょうし、それに麻生大臣自身がご満悦であろうことが容易に想像でき、政府ムラが経世済民からいかに隔絶した社会であるかにしばし思いを馳せました。

 

*1:なお、「大企業」とは、中小企業法の本定義の反対解釈として定義されています。因みに、「大会社」の定義は2006年施行の会社法にあり、資本金5億円以上、又は負債総額200億円以上の会社を指します。大企業には会計監査人の設置等、投資家や債権者保護の観点から機関を整備する定めがあります。大会社の定義がたかだか15年程度の歴史であることからも分かる以上、櫻田氏が大企業、中小企業と分けて議論することの意味を問うていることはそれなりに価値があります。ただ、第4回成長戦略会議の議事要旨を見る限り、この指摘が大きな議論の方向性を変えるには至っていません。